三愛だより(2021年7月号)

月の聖句:  

  勇気を出しなさい。

            ヨハネによる福音書16章33節

 一学期も三か月が経ちました。雨間にも晴れた時が多い今年の梅雨、園庭からは今年のダンス曲が元気な笑い声と共に我が家にも届いてくる今日この頃です。

 ♪何でもできる どこでも行ける 元気よく歩こう

 ~晴れた日もあれば 雨の日もあるさ~♪ 

「なんでも行進曲」のこのフレーズ通りの6月ですが、雨雲の合間に顔を覗かせる陽射しの下、園庭狭しと園児たちの遊ぶ姿が見られます。今年のひつじ・ゆり担任の二人の先生方も随分慣れそれ以上に三愛の子たちはすっかり慣れて園を自分の場としている様子です。毎日お気に入りの場と友達を見つけ、様々に遊びが広がります。

 一昨年までの私の仕事はそんな子供たちの日常のビデオ撮影。お見せする懇話会がコロナで見合わせでサボっていましたが、先日の新年度の説明会向けにカメラを回しました。編集の折、四月と六月の姿を見比べて驚きました。変わらぬ毎日の繰り返しに見える園生活の中で、それぞれの子が確かに育まれていると気付いたのです。新鮮な思いと共に、説明会に来られたお家の方にお見せしながら、英国の文筆家の次の一文を思い出しました。

 「太陽が毎朝東の空から昇るのは、昇るのに飽きることを知らぬからだ。毎日同じことを繰り返すのは、生命が無いからではなく、生命に溢れているからなのだ。…面白い遊びや冗談が見つかった時、子供はどうするか。同じことを飽くこともなく繰り返しているはずだ。子供がリズムに合わせて足で地面を蹴り続けるのは、活力が足りないからではなく、あり余っているからだ。子供は活力に溢れていて、力強く自由な精神に恵まれているからこそ、同じことを何度でも繰り返し続けて飽きることを知らぬのだ。子供はいつでも『もう一度やろう』と言う。大人がそれに付き合っていたら息も絶え絶えになってしまう。大人には歓喜して繰り返すほどの力がないからである。しかし神はおそらく、どこまでも歓喜して繰り返す力を持っている。きっと神様は太陽に向かって言っておられるに違いない―『もう一度やろう!』と」                (チェスタートン『正統とは何か』より)

 今月の聖句は「勇気を出しなさい」です。イエス様が励ます呼びかけに聴き、三愛幼稚園はあと数週間の一学期を過ごします。雲間から夏の太陽が顔を覗かす日には水遊び・泥あそび。七夕の日はお誕生会。ほし組さんは、お楽しみ会がもうすぐですね。お庭にプールも出せるかな?チャレンジも一杯な時です。三愛の子どもたち一人一人、どんな成長を見せてくれるでしょう?勇気を頂き元気に過ごして行きましょう。

                          園長 山 本 信 義

 
三愛だより(2021年6月号)

月の聖句:  

  野原の花がどのように育つかを考えて見なさい。

            ルカによる福音書 12章27節

 関東地方はまだ梅雨入り前なんて信じられない、ぐずつく空模様の多いこの頃です。雨の日、ゆり組前の階段下はおままごとのお家。段ボールの壁には扉も窓も開けて…、出すごとに少しずつグレードアップして素敵な空間となっています。その横を男の子達は電車ごっこ。八千代市のまん延防止重点措置も暫く続きそうな中、出来るだけ密を避け、外廊下もそれぞれの子の思い思いの遊び場となっています。雨上がりの水たまりに喜々として走って行く長靴の子も。バシャバシャ跳ねてお家ではお洗濯大変でしょうけど、楽しいものね。そんな雨振りの日には「恵みの雨に、お庭の木や花が喜んで輝いています」とお祈りで覚えます。

 今月のひつじとゆりの讃美歌はそんな恵みの雨をうたいます。作者の中田羽後は八千代市にあって千葉有数のキリスト教学校でもある千葉英和高校の創立者の一人です。羽後は敗戦後の大阪行きの汽車の車窓に見た光景からこの歌の生まれた時のエピソードを記します。「パラパラおちる雨よ雨よ、パラパラパラと、なぜ落ちる?、乾いた土をやわらかにして、きれいな花を咲かすため。」この歌が広がる一面の焼け野原を眺める羽後の心に自然と浮かんできたのだそうです。

 雨を受け、背を伸ばし花開かせる園庭の草木は教会のおばさん方や則子先生が季節ごとに植えお世話して下さっています。イエス様はガリラヤ湖の畔に美しく咲く自然の花を指さし「どのように育つか(よく見て)考えなさい」と弟子たちに尋ねて、教えられました。「お花は自分で働けないけれど、あのソロモン王もこんなに着飾ってはいませんでした。こんなに綺麗に装ってくださったのは神さまです」と。「花」は文語訳聖書では「野の百合」でした。三愛幼稚園の「ゆり」組はこのイエス様のお言葉から来ています。そのゆり組は朝顔、ほし組はホウセンカ、お水をあげる度、自分の植木鉢をのぞき込んでは、大きくなる芽を確かめ喜ぶ子どもたちの姿が見られるこの頃の毎日です。大きく繁った葉っぱの陰に、ダンゴ虫やかたつむりを見つけて喜ぶ声も聞こえます。枯れたかと思ったけれどちゃんと芽を出して青々と茂った山椒にはアゲハの幼虫が見つかるかもね。お庭の自然に沢山触れる毎日の中で、三愛の子どもたちの心を神さまが柔らかく耕して、豊かに大きく育てて下さいますように。その一つ一つを見つけて一緒に喜ぶ6月となりますように。

                          園長 山 本 信 義

 
三愛だより(2021年4月号)

月の聖句:  

  わたしは良い羊飼いである。

            ヨハネによる福音書 10章14節 

  4月を迎え三愛幼稚園の新しい1年が始まりました。1つお兄さん・お姉さんになったほし組・ゆり組のみんなに、新しいひつじ組のお友達が加わります。新しい2人のお母さん先生も加わって、みんな一緒にで元気に仲良く1年を過ごしていきましょう。

  三愛の年少が「ひつじ」とはこの幼稚園をよく表していると思います。一匹ではなく群れになって一緒に生きるからです。羊の群れには羊飼いが欠かせません。良い羊飼いは青草の野原・新鮮な水場に導き養います。悪い狼や泥棒からは、命がけで戦って羊を守ります。百匹の群れの一匹が迷子になっても、探してちゃんと見つけます。どの一匹も覚えているからです。残りの九十九匹は置いてけぼり?いいえ、みんなのことを忘れません。それぞれの名を呼んで大きな腕で集め、懐に抱いて守ります。羊たちも羊飼いの呼ぶ声をちゃんと聴き分けます。羊は良い耳を持っているのです。

 園長の私は教会の牧師(羊飼い)が本業です。とても良い羊飼いとは言えませんが。「私は良い羊飼い」と言われたイエス様とイエス様のお父様の神様を信じています。三愛幼稚園はそんな「良い羊飼い」なる神様が守られる教会の幼稚園です。神様が集めて下さった三愛の子どもたちが、この1年も神様の愛を一杯に養われ成長しますように。お一人一人に祝福を祈ります。

                          園長 山 本 信 義