三愛だより(2022年4月号)

月の聖句:  

わたしの助けは来る

天と地を造られた主のもとから。

詩編 121編1~2節 

 卒業生が植えたチューリップ、花壇のビオラ、大きな桜も花を咲かせました。5匹のウサギも元気一杯。昨冬の雪で見上げると大穴だったテント屋根も、春休みに貼替えました。園庭はみんなを迎える準備万端です。三愛の子どもたち今年は46人でスタートします。

 ほし・ゆり・ひつじ、今年は全クラスに新しいお友だちが加わります。特に新入園の子さん方には、お家を離れての初めての時間です。ドキドキしているかも知れませんね。まだ収束とは行かぬコロナ禍もあり、保護者の皆さんにもご不安がおありかとも思います。皆さんのお声も伺って、今この時の子どもたちにより良い環境を日々尋ねつつ、今年の園の営みを進めて参ります。ご理解・ご協力をお願い申し上げます。

 ♪あっちの家から こっちの家から、

  きみもぼくも あなたもわたしも 集まってきた

  今日もイエスさま ここにいて、みんな仲良く遊ぶ

  楽しく始まるようちえん♪(『こどもさんびか』より)

 4月の聖句、遠い山々に目を上げた詩人は、主なる神さまのもとからの確かな助けを見つけて唄います。「わたしの助け」が来る「もとから」、聖書のヘブライ語は一つで「共にいるところから」という言葉で綴られます。花々を愛で、小さな命に触れ、泥んこになって、先生たち・お友達と「共に」遊ぶ幼稚園の毎日が、一人一人の子どもたちにどれ程の力となるか、改めて励まされる思いがします。この詩はここから「わたし」を「あなた」と呼ぶ声に変わります。その声は「まどろむことも眠ることもなく」絶えず「あなたを」見守る神さまを繰り返し示し励まします。父なる神と「共にいるところから」来られた方、イエスさまのお声なのだ、と教えられました。三愛幼稚園の新しい一年、いつも共におられるイエスさまのお守りの中、元気に歩んでまいりましょう。

                       園 長  山 本 信 義

 
三愛だより(2022年6月号)

月の聖句:  

探しなさい。そうすれば見つかる。

           マタイによる福音書 7章12節

 梅雨前にもう夏が来たと、朝から思える程のお天気がここ数日続いています。一学期も半ばを過ぎ、新入園児もすっかり慣れ、47人でも園庭狭しと、思い思い様々に遊ぶ三愛の子どもたちの姿が見られます。

 ほし組はホウセンカ、ゆり組は朝顔、今年はひつじ組もマーガレットの種を蒔きました。水遣りするそれぞれの園児の植木鉢にも芽が出て双葉が揃いました。植木鉢裏のダンゴ虫、緑の葉っぱの陰のカタツムリを見つけて集める子どもたちも。遊び砂を補充した砂場では、トンネルのお山作りに庭のお花で飾ったケーキ屋さんごっこ。保育中ひょっこり現れる園長に、遊びの手を留めて誇らしげに「見て!」と元気な声を上げてくれます。この季節毎年お決まりの光景ですが、やっとマスクを外せた子どもたちのキラキラの笑顔に、今年は特に新鮮な喜びを頂く思いです。日常の中で「探して、見つける」喜び。幼児期の子どもにとって、この上ない大切な経験なのだと思います。

 それは「愛され、受け入れられている」ことの発見へと連なるからなのでしょう。主イエスが教える「神と人とを愛する」術として「土を愛する」ことを加えて提唱した19世紀北欧由来の三愛主義が私たちの園の名の由来です。これを逆向きに読んで当園の保育の願いと受け止めています。「園(土)に愛され、人に愛され、神様に愛されていることを見つけて、愛する子に育ちますように」と。人は愛されていることを知って愛するようになると、ご自身の生涯を通して、教えて下さった方が教会の信じるイエス様という方です。

 6月は2週目に「花の日」の礼拝を守ります。アメリカの教会学校由来のこの日は本来「子どもの日」です。「小さな私たちに出来ること」とお花を届ける年長組の訪問は残念ながら今年も見送りになりそうですが、
 「この花のように、美しい心を

  神様ください 小さなわたしにも

  この花のように 人々を愛せる

   心をください 小さなわたしにも」(幼児さんびかⅡ)

こう歌われる祈りを季節のお花の中に一緒に見つけられる日となりますように。梅雨の到来と共に、蒸し暑さも強くなってくる季節ですが、良いお天気は勿論雨の日も子どもたちと一緒に、嬉しいことを見つけて喜んで過ごしたいと願います。それぞれのご家庭に祝福を祈ります。           

                       園 長  山 本 信 義

 
三愛だより(2022年7月号)

月の聖句:  

主に向かって、心からほめ歌いなさい。

         エフェソの信徒への手紙5章19~20節

 ♫お陽さま燦燦、眩しいな。風もそよそよ嬉しいな。サンサンサンサンSUNSUN DANCE! サンサンダンスでレッツゴー♬(ケロポンズ『行事あそび大作戦!』所収)

雹交じりのゲリラ雷雨で梅雨入りしたのに雨の日はほんの数日でもう梅雨明け宣言が出てしまいました。今年のテーマ曲そのままの日を過ごし、夏休みに突入する7月となりそうです。園庭では、9月の運動会(年長さんは先ずお楽しみ会)に向けこの曲のサンバの軽快なリズムに合わせ、三愛の子たちみんなで元気に歌って踊る計画です。でも眩しすぎる太陽には大警戒。葉っぱの茂ったマテバシイと桜の大きな木陰を十分活用し、ミストから吹く風に涼を求め、水分補給は小まめに…、熱中症への十分な配慮を欠かさぬよう、この時期の園生活を備えて行きたいと思います。

 毎年のテーマに重ねて踊るダンス曲を始め、幼稚園の毎日にはたくさんの歌があります。ご家庭でも、それぞれの子が園で覚えた歌を歌ってくれていることと思います。クラスの集まりでは、昔ながらの童謡、今風のキッズ・ソング、折々の季節を感じながら元気な声でみんなで楽しく歌います。三愛は「教会の幼稚園」ですから礼拝の時にも歌います。神様のみ名をほめ歌う神さまのお歌「さんびか」です。

♪海で泳ぐ魚たち 空で遊ぶ小鳥たち

 わたくしたちも神様に造られ育った仲間たち

 きれいな色の草や花 山や森の獣たち

 わたくしたちも神様に守られ仲よく遊びましょう♩

 年中少がこの歌を歌う今月の聖句にある「ほめ歌う」を元々の言葉で読むと「歌って唄う」と二つの別の言葉が重ねられます。集まりの歌を歌う大きな元気な声も嬉しいけれど、神さまへの讃美歌は、きれいな優しい声で歌えるといいですね。その歌声を喜ばれる造り主なる神さまの愛が、染み透るようにみんなの心に伝わっていけたら素敵なことだなあと思います。

 例年は梅雨空とにらめっこで過ごす、夏休み前の数週間。七夕、水遊び、ほし組さんはお楽しみ会、今年は夏本番の中で過ごしていきます。ご用意いただくプールセットも活用の機会が増えそうです。園長は笹竹に、空気入れ、シェード、花火!夏のみんなの遊び道具も今一度整えないと。子どもたちも先生方も体調管理に留意して、みんなで元気に、急に暑くなったこの時を過ごして行きたいと願います。それぞれのご家庭に祝福をお祈りします。

          

                       園 長  山 本 信 義

 
三愛だより(2022年夏期号)

月の聖句:  

いつもよろこんでいなさい。絶えず祈りなさい。
どんなことにも感謝しなさい。

       テサロニケの信徒への手紙Ⅱ5章16~18節

 酷暑の梅雨明け宣言で迎えた7月でしたが、熱帯性低気圧に変わった台風以来、ぐずつく天気の中で夏休みとなりそうです。梅雨の戻りとは違う異例の蒸し暑さの続く不安定な日々でお休みの子たちも出てくる中、第七波の感染拡大が伝えられ、心配も多い一学期末を過ごしています。それでも、お誕生会の七夕の日には、お庭で笹飾りと一緒に各クラスの笑顔の写真が撮れました。雲間に太陽が差し出すと途端に暑くなる日には、プール遊びも存分に楽しむことが出来ました。昨晩の土砂降りもお庭の草花、グリーンカーテンのトマトとゴーヤの実りを確かめ喜ぶ子どもたちも。お天気でも酷暑で外遊びを控える日も多かった中、それぞれ工夫して遊びを見つける子どもたちの様子がありました。異常気象と呼ぶほかない天候不順なこの折も相応しい時が与えられ、三愛の子たち一人一人が育まれていることに感謝です。

 今月の聖句は信仰者家庭でよく覚えられてきたものです。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」前の訳で認めた色紙が幼少時の我が家にもあったと思い出します。今は「すべてのことに」は「どんなことにも」となりました。感謝など到底出来ない苦境が現実にあることも受け止めた訳だと思います。私が仕えた最初の教会の大宮溥(ひろし)牧師夫妻には12才で病を得夭逝されたお嬢さんがおられました。恵里さんという彼女はクラスの作文集にこう書かれたそうです。「入院はいやなことでしたが、そのために多くの本が読めました。そのなかで『少女パレアナ』に一番感動しました。彼女は両親をなくして寂しい生活であったけれど、父親から教えてもらった〈喜びの遊び〉をして、宝探しをするように、生活の中から喜びを見つけてくるのです」。闘病中自らも〈喜びの遊び〉を試みられたのだそうです。ほし組で歌う「どんな時でも」の讃美歌と併せこのことを思い起こしました。どんなことにも必ずイエス様が共にいて神様の愛が注がれている恵みを見つけ確かめることが「感謝」ということです。

 学期最後のほし組の「お楽しみ会」の日も、神様が相応しい良い一日を下さいますように。Withコロナとはこういうことかと思わされる状況下、ご計画の夏のご予定もままならないかもしれませんが、一人一人の夏休みの時が豊かに祝福されますように。それぞれのところで、ともにおられるイエス様の恵みの中で、身体も心も豊かに一回り成長した子どもたちみんなと、また会えることを楽しみにしています。        

                       園 長  山 本 信 義

 
三愛だより(2022年9月号)

月の聖句:  

あるものは百倍にもなった。

          マルコによる福音書 4章1~9節

 第7波拡大と共に始まった今年の夏休みでした。重症化率は低くも感染割合の多くを若年層が占め、ごく身近に罹患が伝えられwithコロナが完全に日常化してしまいました。加えて酷暑とゲリラ豪雨が交互の「異常で極端な」お天気。テレビは内外の政治・経済・宗教⁉のいずれも連日穏やかならぬ話題ばかり。それぞれの子が過ごした2022年の夏。「行動制限がない」と謳われても夏満喫とは言い難いご家庭もあられたことと思います。

 それでも先週は初日晴・二日目曇り・三日目雨と猫の目の空模様ながら幾分かは落ち着いた天気の中、夏季保育を行えました。「全員集合」が求められる状況にはまだ至りませんが(今年は割ったスイカを頂いた)スイカ割りに(温水シャワーの)プール遊び、元気に遊ぶ三愛の子たち一杯の賑やかな園庭が一月振りに帰ってきました。三日目、遊戯室に移動中ザーッと来た土砂降り雨もすぐ止んで、誕生会の礼拝では「お休みのお友だちもお守り下さい。みんなが集まれますように」と一緒に祈りました。週が明けて朝夕秋の気配も感じるここ数日、始業日は元気な笑顔のみんなで迎えたいと心から願います。

 今月の聖句はイエス様が語り弟子たちに説かれた譬え話の結びです。これを歌った子ども讃美歌があります。

「麦のたね まきます パラッ パラッ パラッ♬、

  一粒こぼれた道の上  見つけて鳥が食べました

2…二粒こぼれた石の地に 灼けつく熱で枯れました

3…三粒こぼれた薮の中  茨に負けて伸びません」

 幼い頃見た紙芝居「たね君の冒険」を思い出します。落ちた地で次々と大変な試練に襲われるたね君。でも…

「麦のたね まきます パラッ パラッ パラッ♬ 

良い地に育って 百ばいの立派な麦になりました」

 イエスさまの語られたこの譬えで、わたしたちは蒔かれる種ではなく、種が蒔かれる土地なのです。神様はそれぞれの子に相応しく沢山の実をいつか必ず結ぶ種を蒔いておられます。神様は農夫として蒔いて放ったらかしにはされません。蒔かれた地が良い地となるよう耕して種を育てるお方です。そんな神さまの豊かな働きに用いていただくこと、教会の三愛幼稚園の保育の願いです。

 二学期が始まると運動会がもうすぐです。三年目の園庭開催も、感染対策には気を緩めることなく、みんなの力がこの時に相応しく伸びやかに発揮される機会となりますように。祝福がありますように。

          

                       園 長  山 本 信 義

 
三愛だより(2022年10月号)

月の聖句:  

その人は豊かに実を結ぶ。

           ヨハネによる福音書15章17節

 昨金曜の秋分の日、運動会を行うことが出来ました。近づく台風もギリギリ逸れ、奇跡的な予定通りの開催です。曇間に一時陽も差す空の下、三愛の子たち皆、神様が各々に下さった「ちから」を存分に発揮できました。コロナで3年目になる園庭での運動会、家庭の方々にも様々にご協力をいただきました。今年も人数制限で塀越しでの応援された方々には心苦しいことですが、ご理解賜り感謝です。コンパクトながら、笑顔いっぱいで和やかで楽しい時を持てました。なお当日まで再三のメールでお煩わせしたことお許し下さい。前日午前保育中に見通しを伝えようと少々先走ってしまいました。予報アプリ等の身近で便利なツールが出来ても過信は禁物、見通しある計画が必要と反省です。来週はみんな楽しみのお芋ほりです。変わりやすい秋の空でも守られて、秋の実りを袋一杯に持って帰れると良いですね。

そんな十月の聖句も、秋の実りにご自分を譬えられたイエス様のお言葉です。「わたしはまことのぶどうの木、あなたがたはその枝である」と愛する弟子たちに「私につながっていなさい」と教えて「その人は豊かに実を結ぶ」と励まされます。このヨハネ福音書15章の御言葉を身近に味わう経験を持ちました。今の住まいの脇に前の持ち主が植えた一本のぶどうの木があるのです。娘が生まれ引越した昨冬は裸ん坊でグネグネの蛇の様。枯れ木かなと思っていましたが、5月になると芽吹き、梅雨に緑の葉が揃った頃、幾つも房の形で小さな(花びらなしの)花が咲きました。そして暑い夏。花無しで実らない枝が次々と弦になって出てきました。すごい勢いで伸びる弦は気付くと窓にもお隣にも絡みそう(園庭のキウイと一緒ですね)。イエス様は、農夫の神様は実を結ばない枝を取り除くとも語られます。今まで「切り捨てなんて可哀想」と思っていましたが勘違いでした。枝を払って房を風通し良くするのは愛を込めた大切な手入れです。小さな実に栄養が届き、途中で腐らない様にと、そうして初めて「豊かに実を結ぶ」のです。先日教会の子たちとささやかなブドウ狩りをしました。不揃いで種ありですがデラウェアをいただきました。(園では来月キウイ狩りしましょうね。)「わたしの愛に留まりなさい」原文では「つながっている」と同じ言葉でイエス様はさらに語られます。三愛の子どもたち一人一人が愛されて豊かに実を結ぶ秋となりますように。 

                       園 長  山 本 信 義