三愛だより(2019年3月号)

月の聖句:  

 わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。

            マタイによる福音書 28章20節

 『人生に必要なすべては幼稚園の砂場で学んだ』。園長五年目のこの時期にようやく手にして読みました。著者は現在81歳の元牧師の哲学者で何十年も前ブームとなった本ですが、自ずと幼稚園での毎日の子どもたちの姿が重なり新鮮な励ましをいただく思いになりました。

 「どうやって生き、何をして、何になろう?知らねばならぬ必要の全てを私は幼稚園で学びました。その知恵は大学院という山のてっぺんではなく、「教会の幼稚園」(原著には『日曜学校』)のあのお砂場にありました。学んだことは、以下の私の生き方のクレド(=信条)です。

 みんなと何でも分け合うこと。ズルせず遊ぶこと。  人をぶたないこと。使ったら見つけた場所に戻すこと。ちらかした後はお片付け。お友達のものを盗りません。誰かを傷つけた時は先ず「ごめんね」を言いましょう。   ご飯の前には手を洗って、トイレではお水を流すこと。

 温かいクッキーに冷たいミルクは美味しいね。バランスの良い生活を―毎日ちょっと学んで考える。お絵描き・歌・ダンス・遊びもちょっとずつ。仕事も毎日ちょっと。毎日のお昼寝だって大切です。お外に出たら車に注意、お友達と手を繋いで、離れてどこかに行きません。

 『不思議だな』の気持ちを大切に―カップの小さな種を覚えておいて。根が出、芽が伸び、大きな草花に。でも何故どうやって育つのか?ホントは誰も知りません。 ―私たちみんなも同じです。金魚もハムスターも ハツカネズミもカップの小さな種だっていつかは死んでしまいます。―私たちだってね。それから…あの読み書き絵本で最初に覚えた言葉を忘れないで!何より大きな文字で書かれた一番大事な言葉です。『見てごらん!』」

(All I really need to know I learned in Kindergartenから拙訳)

 今年度最後の月の聖句はマタイ福音書の最後に記される復活のイエス様のお言葉です。実は『見てごらん』と直前にイエス様の呼ぶ声が、原典では記されています。「見よ、この私があなたたちと一緒にいるよ。全ての日々にこの世界の終りまでずっと」(原典からの拙訳)。お姿は見えずとも幼稚園の毎日でいつも聞いてきたイエスのお言葉です。これからも語って下さる約束です。

 一年を終えて一つ大きくなるひつじ組・ゆり組さん。卒業して4月からは小学生になるほし組さん。あと僅かとなった三愛幼稚園での一日一日を、それぞれの子どもに相応しい豊かな学びの時として、神様が与えて下さいますように。祝福をお祈りいたします。

                            園長 山 本 信 義

 
三愛だより(2019年2月号)

月の聖句:  

 喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。

            ローマの信徒への手紙 12章15節

 異例の暖冬の今年も、2月を迎えんとするこの頃はやっぱり寒い!加えて連日のカラカラ天気でかちかちのグランドに冬なのに教師の誰かがホースで水撒きして子どもたちを迎えます。歌っている「ぱらぱら落ちる」の雨が「渇いた土を柔らかにして…」って本当だなあと思う毎朝です。支度を終えてお部屋を出、砂場で園庭で、寒さにも砂ぼこりにも負けずに遊ぶ子どもたちの姿を門扉から眺めては「グランド整備も考えねば」と悩ましくも真剣に思う日々でもあります。年明けにようやく補充したお砂場の砂をこの北風が持って行きませんように!

 朝、中々園庭に出てこられないほし組さん。この季節恒例の「郵便ごっこ」が始まっているからです。家族の方に、お友達・先生に、自分ではがきを書いて届けます。「お手紙が届いて嬉しい」「お返事が来て嬉しい」って声が聞こえます。ゆり組・ひつじ組さんも誘って園全体に広がります。自分の色んな思いを郵便で誰かに伝られるって素敵ですね。文科省が勧める幼児期に身に着けたい「非認知能力」とは自立する力と共に共感する力です。この遊びを通してもそれぞれの子が自然とその力を培っていって欲しいと願っています。

 2月の聖句はパウロが書いたお手紙の中の言葉です。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」。よく知っている仲良しに書いたのではありません。まだ会ったことの無い遠いローマの教会の人たちにです。「互いに思いを一つに」とパウロは続けます。イエスに結ばれているから、遠く離れていても一つだと言うのです。

 一年の締めくくりの3学期はあっという間にもう半分。ほし組が卒業生として歌う「どんなときでも」。この歌のイエス様を「わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われた」(ヘブライ4・15)方だと聖書は記します。「同情(sympathy)=共感」とは「共に苦しむ」という言葉です。私たちの喜びの時に共に喜んで下さり、涙を流す時共に泣いて下さるイエス様がおられる。三愛幼稚園が伝えたい共感力の源です。

 残り僅かな3学期、寒さに負けずに、みんなで過ごしていきたいと思います。イエス様に結ばれて、お互いの心が分かち合われ、豊かに育まれて行きますように。勿論、インフルエンザには十分に気を付けて!祝福がありますように。

                            園長 山 本 信 義

 2018年度 
 
三愛だより(2019年1月号)

月の聖句:  

 「求めなさい。そうすれば与えられる。」

            マタイによる福音書 7章7節

 教会のクリスマスに若い(?)メンバー達が、こんな歌を披露して下さいました。元詞はNY34番通りにある病院のリハビリセンターの壁に記された詩だそうです。新年最初の聖句に、与えられた恵みを見出す喜びと共に思い起こしました。

 

  仕事を成し遂げたくて「能力」を祈ったのに

   「無力」が与えられた 謙遜になれるようにと

  大きなことをしたくて「健康」を祈ったのに

   「病気」が与えられた 良いことをするようにと

  幸せになりたくて「財産」を祈ったのに

   「貧しさ」が与えられた 賢くなれるようにと

  みんなに褒められたくて「力」を祈ったのに

   「弱さ」が与えられた 神様にすがるようにと

  毎日楽しみたくて「すべて」を祈ったのに

   「いのち」だけ与えられた 全てを味わうようにと

  ~祈ったことは何一つ 与えられなかったけど

    望んでいたことは全て 叶えられた~

  口に出さない祈りが 聞き届けられていた

    そして今気づかされた 恵みの中にいたのだと

 

 クリスマスで迎えた主の2019年、一年の締め括りの三学期が始まります。子供たち一人一人に与えられた賜物を求め確かめつつ、保育・行事の中でそれぞれに相応しく大切に育む日々を重ねて行きたいと願います。

                            園長 山 本 信 義

 
三愛だより(2018年12月号)

月の聖句:  

 「学者たちはその星を見て喜びにあふれた。」

           マタイによる福音書2章10節

 いよいよイエスさまがお生まれのクリスマスがやってきます。ゆり組・ひつじ組もダンス・合奏に取り組み始めました。ほし組のみんなは一足先にページェントの練習を始めています。マリアとヨセフ、天使たちにお星さま、羊飼いたちに三人の博士、宿屋さん、ナレーター・聖歌隊…、クリスマスの場面の役もそれぞれ決まって、お家でもみんな練習していることと思います。なかには、「上手に出来るかな」ってちょっとドキドキしている子もいるかもしれませんね

 クリスマスまでの一か月をアドベント(待降節)と言います。教会でも本格的にクリスマスの準備が始まります。ラテン語のadvenire(到来する)という言葉が由来です。「目標に向かいad身を傾け来るvenire」。ここから「アドベンチャー・冒険」という言葉も生まれました。救い主の神の子イエスさまを、小さな赤ちゃんとして、私たちに贈り届けて下さるとは、確かに神さまの側の大変な冒険だったに違いありません。

 お生まれのイエスさまへの贈り物を携え、冒険した人たちがいました。遠い東の国の三人の博士です。最初にエルサレムのヘロデ王を訪ねました。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか」。でも都の王さまの宮殿にイエスさまはおられません。博士たちを導いたのは、東で見た星でした。不思議な星が先立って進んで、ベツレヘムの馬小屋の上に止まりました。確かに導く星を見て博士たちは喜びにあふれます。心からなる大きな喜びです。星の光は馬小屋の飼い葉桶の中のイエス様を照らしまします。神様が私たちに注いでくださった栄光の驚くべき光、私たちに届けられた優しい恵みの光です。

 三愛幼稚園でもアドベント・クランツのろうそくに、週ごとに一つずつ灯を点します。

 

  「一本目のローソク、やさしい心をもてるように 

   二本目のローソク、丈夫な心をもてるように

   三本目のローソク、我慢する心をもてるように

   四本目のローソク、お祈りする心をもてるように」

 

と数えながら、この時を過ごします。小さな光に照らされて、クリスマスを迎える心が整えられますように。イエス様を私たちに下さった神さまの心が重ね合せられて、子どもたち一人一人が育まれて行きますように。そしてみんなで一緒に、心からの大きな喜びにあふれて、クリスマスのイエスさまをお迎えいたしましょう。

                            園長 山 本 信 義

 
三愛だより(2018年11月号)

月の聖句:  

 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。

            ヨハネによる福音書15章1節

お芋掘り、ほし組の冒険ごっこ、ぐずつく空模様の間をぬって行う10月上旬でしたが、このところ秋空が広がる爽やかな日が続いてくれています。教会の家族礼拝・さんあいバザー(委員の皆さんのご労苦に感謝!)にも沢山の方が集い、賑やかに和やかな時を過ごすことが出来ました。保育の中でも園庭で、お散歩の花島公園で、どんぐり拾いに朝顔・オシロイバナの種集めを楽しむ子どもたちの姿が見受けられる日々のこの頃です。

「園長先生、見て!」と各々のお宝バックの中身もわらわらのダンゴ虫から、沢山摘んだ小さな秋の実りに。でも創世記のエデンの園の命の木と善悪の知識の木の果実よろしく禁断の果実が二つ、三愛幼稚園にもあります。ほし組前で黄色くなり始めたみかんと「キウイのお家」にたわわに(?)実るキウイです。時々動物門に立つわたしを見つけて「とっちゃおうかなあ」とニヤリと挑発する子も。待っててね。今月末の収穫感謝祭ごろには大きく甘くなるから、みんなで採って美味しく戴こうね。

暑かった夏には良い木陰になってくれるキウイの木。でも勢い良い弦は気が付くと伸び放題で電線まで絡みそう。高枝切バサミを手にする度に今月のみ言葉の続きを思い起こしました。枝を刈り取る農夫である父なる神様は「いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」と。園庭のキウイは雌の木だそうです。教会のおばさんのご主人が花の季節にお家から雄花を持ってきて受粉して下さり可愛いキウイの実になりました。木からの養分を沢山蓄えて甘く大きくなりますように。(切った枝の葉はウサギのこむぎとくるみが美味しく食べてくれました)。

「わたしはまことのぶどうの木」と言われた「わたし」はイエス様です。イエス様の言葉はこう続きます。

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。15・5」「つながる」とは「とどまる」とも訳出来る言葉です。切り捨てられないようにしがみ付くのではありません。だから「わたしの愛にとどまりなさい」とイエス様は続けて呼びかけられます。三愛の子ども達みんなが、イエス様を通して示された神様の愛に包まれ、愛にとどまって、一人一人豊かに育まれて行く11月となりますように。祝福をお祈りいたします。  園長 山 本 信 義

 
 
三愛だより(2018年9月号)

月の聖句:  

 ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。

                     ルカによる福音書 19章6節

 連日うだるような異常な酷暑に始まった今年の夏休み。お盆前に最接近した台風と共にもう涼しい秋が来たかと思えば今度はゲリラ豪雨。テレビのコメンテイターが「日本の気候が変わった」と盛んに口にする極端なお天気の毎日でしたが、8月最後の三日間の夏期保育には日焼けした子供たちの元気な顔が揃いました。最初の2日は肌寒い曇り空の下が、初日はスイカ割りにシャボン玉・二日目はプールとみんな元気に過ごせました。夏の青空が戻ってきた最終日は8月のお誕生会。お話サークルのお楽しみには沢山の卒園生が大活躍の熱演で、子供たちも先生たちもとても嬉しいひと時となりました。

 夏休み中、園では遊戯室の修繕工事をしました。屋根を塗り替え、外壁を貼り直し、懸案だったトイレのドアも交換して…園長としては頑張って手をかけたつもりですが、終わってみればどこが変わったの?間違い探しのクイズみたい!? 築50年余りの建物は手ごわく見違えるほど変わるのは難しいなあと実感です。それでも修繕工事に刺激され園長はケルヒャーの最上位機を購入。園舎相手の大人の水遊びよろしく大ほこり落としをして夏休みの最後を過ごしました。ちょっとは変わったかしら?

 2学期最初の聖句は、イエス様によって生まれ変わった人のお話です。ザアカイはローマの税金を取り立てる徴税人の親分で、お金持ちでしたけど嫌われ者でした。背が低かったことでひねくれていたのか友達も居なかったようです。彼の住むエリコの町にイエス様が来られた時ザアカイはお会いしたいと思いましたが、背が低いので群衆に遮られてしまいます。それでも一目見ようと登ったいちじく桑の木の上の彼を、イエス様は足を止め呼ばれました。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日はあなたの家に泊まりたい。」見つけられ呼ばれた嬉しさに満ちたザアカイの姿は全く別人のようです。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだ。人の子は、失われたものを探して救うために来たのである。」とイエス様も彼を喜ばれます。

 今日から新しく始まる2学期は運動会に始まって沢山の行事が目白押しです。みんなで楽しく過ごしていきたいと思います。久しぶりの幼稚園でちょっと心配な子もいるかもしれませんね。でも大丈夫。イエス様は一人残らずちゃんと見つけて呼びかけられます。このイエス様のお声が聞こえてくる日々の保育をなせますように。

                            園長 山 本 信 義

三愛だより(2018年10月号)

月の聖句:  

 私は植え、アポロは水を注いだ。

   しかし成長させてくださったのは神です。

            コリントの信徒への手紙Ⅱ3章6節 

 今にもポツリと落ちて来そうな曇天の下でしたが、今年も三愛幼稚園の運動会を挙行しました。「天高く馬肥ゆる秋」も「女心と秋の空」もこの季節の空模様を詠う諺ですが、どうも運動会の日の空は後者ということのようです。この数年の経験を活かし、前日は雨の中グラウンドも体育館にもラインを準備し、天気予報と雨雲レーダーも複数のサイトを睨めっこ。万全の体制で臨んでもぱらつく小雨までは読めません。マイクを握る主任の機転と教師陣・お手伝い下さった皆さんの協力で予定競技全てを午前中に行うことが出来ました。片づけを終えお昼を広げた頃に漸く雲間にお陽様が! 全くもっての秋の空に大人は翻弄されっ放しでしたが、三愛の子ども達の方は違います。ほし組代表の開会宣言・お祈りに始まり、各組のエール・かけっこ・ダンス・親子競技・玉入れ、そして最後のほし組リレー迄。どの子も運動会当日が抜群に一番でした。毎日の運動会ごっこで不安な様子や泣き顔を見せていた子も、見違えるほど自信溢れる笑顔でみんな元気に取り組んで、今年も素晴らしい運動会になりました。

 「神さま下さい元気な力を、みんなと一緒に遊ぶ力を

  神さま下さい助ける力を、みんなと一緒に助ける力を

  神さま下さい信じる力を、みんなと一緒に生きる力を」

 運動会のさんびか「ちから」が歌う通り、神様から沢山の力を夫々の子がいただいた一日を思い感謝です。

 「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です」。応援に来場の教会の長老が翌日の礼拝で、今月の聖句を奇しくも上げて祈られました。自信・自由・自立・自律・自己…。新しい幼稚園教育要領が幼稚園で育むべき目標と謳う非認知的能力とは漢字の「自」がつく力なのだと、講習会で教えていただきました。神さまが確かに三愛の子どもたち一人一人にその力を育んで下さると「信じる力」をいただいて、私たちも日々の保育に取り組んでいきたいと思います。

 今月も、お芋ほりに年長は冒険ごっこ、たくさんの行事が予定されています。秋深まるこれからの空はきっとさわやかな澄み渡る空になることと信じます。子供たち一人一人が(肥えるのではなく!)健やかに伸びやかに体も心も育まれていく10月となりますように。

                            園長 山 本 信 義

三愛だより(2018年夏期号)

月の聖句:  

 安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。

              マルコによる福音書6章50節

 海の日で開けた今週、幼稚園の一学期は終わります。ほし組のみんなはお泊り保育を楽しみにしていることでしょう。「ちょっと心配」って子もいるかもしれないけど大丈夫。イエス様が守っておられます。ゆり組・ひつじ組の子たちも、今年は早々の梅雨明けから連日出すことができたプールを目いっぱい楽しむ姿を見せてくれました。それぞれに見違えるほど逞しく成長した三愛の子どもたち、みんなが大きな怪我や事故もなく、元気に夏休みを迎えることができましたこと、感謝です。

 それにしても今年の夏の早くから暑いこと!水分補給、日射しに注意、園でも熱中症対策に留意しつつ保育を進めました。連日のプールもその一つです。昨年工夫して繋いだシャワー室からの温水ホースも(もしかしたら要らない位の暑さではありましたが)大活躍!はしゃいでお互いお湯の掛け合っこして、仕舞にはあふれたお水でダイナミックな泥遊びに夢中になる子たちも。暑さに負けず、みんな目一杯体を動かして過ごしました。

うだる暑さに参ってばかりはいられません。西日本全域を襲った未曽有の豪雨の災害を思い、心が痛みます。三年前鬼怒川水害の幼稚園に泥かきボランティアに行きましたが、これからが大変だと思います。ましてやこの暑さです。イエス様どうか守って下さいますように。

 8月の聖句は嵐の夜の場面です。子たちだけで乗り出した船が湖の真ん中で夜通しに襲われました。夜明け頃、イエス様は湖上を歩き近づいてこられました。弟子たちは幽霊だと思い恐れて叫びましたが、イエス様は言われました。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」。そう言って船に乗り込まれるとたちまちに嵐はやみました。「わたしだ」とは「わたしがいるよ」ということです。イエス様がおられるなら、恐れることはありません。「大丈夫だよ」と呼び掛けてくださいます。

幼稚園では今年から夏の預かり保育を始めます。新しい計画が祝されるよう祈ります。また同時に8月には遊戯室棟の屋根・外壁の改修工事をいたします。子どもたちがいる中での工事にもなりますが、安全には十分留意して進め、夏期保育前に終える計画です。

ご計画されている夏のご予定、家族で過ごされる日々が、豊かに祝福されますように。それぞれのところで、ともにおられるイエス様のお守りの中で、また一回り大きく成長した子どもたちみんなと、また会えることを楽しみにしています。

                            園長 山 本 信 義

 
 
三愛だより(2018年7月号)

月の聖句:  

主よ、・・・わたしたちにもお祈りを教えてください。

              ルカによる福音書11章1節

 保育参観の6月23日(土)「雨が降る前に」とみんなを送り出した降園時間、眺めると朝顔ネットのサナギの背から何かが顔を覗かせているような…。急いでカメラを手に戻ると、もう出てきた蝶々がサナギに留まっていました。まだしわしわの羽をゆっくり2時間程かけて伸ばし、小雨が止んだ隙の無人の園庭の空に飛び立っていったようです。ツマグロヒョウモンという蝶。プランターのパンジーに現れた3匹のリアル「はらぺこあおむし(オレンジ線のとげとげ黒むしですが)」が大きくなってさなぎになるまで今年は毎日子どもたちと観察してきたのです。残りの2匹は蝶々になるのをみんなも見られるかな? 振替休園の月曜朝早く園庭に行くと2匹目がサナギの上で羽を伸ばしていました。鳥に食べられないようお日様が出ると共に羽化するのが普通なのだそうです。プランターでそのままサナギになった最後の一匹は水曜朝に、吹いた風と共に空に舞っていきました。殻を破る瞬間こそ無理でしたがなりたての蝶々の姿をカメラに収めることができました。子どもたちのいる園庭にもきっとヒラヒラとやってきてくれることと思います。

 「主よ、わたしたちにも祈ることを教えてください」今月の聖句は、共に行く旅の途中で弟子たちがイエス様にしたお願いです。ある人はここに弟子たちの成長を見ます。やっと信頼してお願いしたい思いが生まれたのだというのです。それまでにも弟子たちは様々に願い出ますが、いつでもイエス様が答えられた訳ではありません。でもこの願いにはどう祈るべきかちゃんと教えて下さいました。それがイエス様の教えた「主の祈り」です。弟子たちが申し出たのは、ある所で祈られる主イエスが祈りを終えたところでした。祈るイエス様の姿に導かれ、願いが起こされたと言うことでしょう。この祈りはまさしく「主の祈りthe Lord`s prayer」でもあるのです。覚えた「主の祈り」を礼拝で元気に祈るほし組さんの姿は小さな子たちの憧れの的です。そうやって子供たち皆がお祈りを身に着けていって欲しいと願います。

 一学期もあと数週間です。雨雲の間から夏の太陽が顔を覗かせてくれる日にはプールで水遊び。七夕の日はお誕生会。ほし組さんは、お泊り会がもうすぐですね。今年は梅雨とごちゃ混ぜでもう夏が来ているような体調管理の難しい天候の日が続いていますが、みんなが元気に夏休みを迎えられますように。祈る子供たちみんなと一緒にイエス様が祈って下さっています。

                            園長 山 本 信 義

三愛だより(2018年6月号)

月の聖句:  

 主よ・・・、わたしたちにもお祈りを教えてください。

                 ルカによる福音書11章1節

 保育参観の6月23日(土)「雨が降る前に」とみんなを送り出した降園時間、眺めると朝顔ネットのサナギの背から何かが顔を覗かせているような…。急いでカメラを手に戻ると、もう出てきた蝶々がサナギに留まっていました。まだしわしわの羽をゆっくり2時間程かけて伸ばし、小雨が止んだ隙の無人の園庭の空に飛び立っていったようです。ツマグロヒョウモンという蝶。プランターのパンジーに現れた3匹のリアル「はらぺこあおむし(オレンジ線のとげとげ黒むしですが)」が大きくなってさなぎになるまで今年は毎日子どもたちと観察してきたのです。残りの2匹は蝶々になるのをみんなも見られるかな? 振替休園の月曜朝早く園庭に行くと2匹目がサナギの上で羽を伸ばしていました。鳥に食べられないようお日様が出ると共に羽化するのが普通なのだそうです。プランターでそのままサナギになった最後の一匹は水曜朝に、吹いた風と共に空に舞っていきました。殻を破る瞬間こそ無理でしたがなりたての蝶々の姿をカメラに収めることができました。子どもたちのいる園庭にもきっとヒラヒラとやってきてくれることと思います。

 「主よ、わたしたちにも祈ることを教えてください」今月の聖句は、共に行く旅の途中で弟子たちがイエス様にしたお願いです。ある人はここに弟子たちの成長を見ます。やっと信頼してお願いしたい思いが生まれたのだというのです。それまでにも弟子たちは様々に願い出ますが、いつでもイエス様が答えられた訳ではありません。でもこの願いにはどう祈るべきかちゃんと教えて下さいました。それがイエス様の教えた「主の祈り」です。弟子たちが申し出たのは、ある所で祈られる主イエスが祈りを終えたところでした。祈るイエス様の姿に導かれ、願いが起こされたと言うことでしょう。この祈りはまさしく「主の祈りthe Lord`s prayer」でもあるのです。覚えた「主の祈り」を礼拝で元気に祈るほし組さんの姿は小さな子たちの憧れの的です。そうやって子供たち皆がお祈りを身に着けていって欲しいと願います。

 一学期もあと数週間です。雨雲の間から夏の太陽が顔を覗かせてくれる日にはプールで水遊び。七夕の日はお誕生会。ほし組さんは、お泊り会がもうすぐですね。今年は梅雨とごちゃ混ぜでもう夏が来ているような体調管理の難しい天候の日が続いていますが、みんなが元気に夏休みを迎えられますように。祈る子供たちみんなと一緒にイエス様が祈って下さっています。

​                             園長 山 本 信 義

 
三愛だより(2018年4月号)

月の聖句:  

 愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛された

 のですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。

                 ヨハネの手紙Ⅰ4章11節

 4月を迎え、幼稚園の新しい一年が始まりました。イースターの朝には満開だった桜は春の嵐ですっかり散ってしまいましたが、風から守られた足もとのお花は綺麗に咲き揃っています。3月に卒業やお引っ越しなどでサヨナラした子たちがいるけれど、初めての幼稚園のひつじ組、ゆり組にも、新しいお友だちが加わりました。今年の三愛幼稚園も、みんなでいっしょに元気に一年を過ごして参りましょう。

 (子どもたちには新しい)各クラス担任・主任・園長の教師陣に、「みんなの先生」として戸木久美子先生が加わりました。三愛幼稚園は初めてですが、名取先生の短大の同級生、都内の教会幼稚園で長く務められた頼もしい先生です。ご結婚で千葉に来られたのを機にお迎えし、いよいよ充実したい預かりを初め、園の保育全般に携わっていただきます。今年度も三愛らしさを大事に、日々より良い保育を提供すべく、教職員一同思いを新たにしています。

 今年度始まりの月の聖句は「愛する者たち・「愛されたのですから・愛し合うべきです」と「愛」が三回! まさに私たちの園そのもののみ言葉が与えられました。「愛する者たち」は英語聖書ではBeloved(愛された者達)でそれが元々の言葉です。愛されているから人は愛することが出来るのですね。ご家庭でご家族の愛を一杯に受け日々育つお子さんたち、園の私たちも「愛する者たち」と呼ぶ心で毎朝お迎えします。神さまが愛して下さっている一人一人と確かめ、日々の保育を通して伝えていきたいと思います。

愛に包まれ、導かれて、歩み出して参りましょう。

                          園長 山 本 信 義

 
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℡ 047-482-4846